特集 / あの人と行く越後妻有 第6回(前編)
音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」として活躍し、近年では屋久島で滞在制作した音楽と映像のプロジェクトを発表。さらに女優業もスタートさせるなど、各方面で大活躍中のアーティスト、コムアイさん。今回は、彼女ならではのプリミティブな旅をお届けします。
テキスト:中島晴矢 撮影:前田立 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)、川浦慧(CINRA.NET編集部)
08 October 2020
コムアイ
高校時代に冬の越後妻有を訪れ、ジェームズ・タレルが手掛けた「光の館」に宿泊したというコムアイさん。その時は、庭に高く積もった雪を掘り進める巨大なカマクラづくりに熱中。なんと、最後にカマクラの天井に穴を開け「タレルごっこ」をしたといいます。今回は、そんなコムアイさんもまだ見たことのないラインナップが並びます。
最初に訪れたのは、北海道を拠点に制作を行う作家・国松希根太による「記憶の痕跡と明日の社」。2018年の芸術祭で発表されてから恒久展示されている作品です。コムアイさんは開口一番、「ミステリーサークルみたい!」。
国松希根太「記憶の痕跡と明日の社」
記憶の痕跡と明日の社(2018年)
作品が設置されている千手神社では、豊作や無病息災を祈念する「奉納相撲」が1997年まで行われていました。当時の光景を写した写真に想を得た作家の国松希根太さんは、そのにぎわいの再現を試みます。土俵には金色の柱を四本立て、周囲には観客を思わせる川石が地元住民と協働で設置されています。
*来訪は、上記ページで公開時期・時間や訪問方法をお確かめのうえご計画ください。
コムアイ:「四本の柱」というモチーフが日本的ですよね。その柱を依代(よりしろ)にして、地上に精霊が降りてくることができる。お相撲やお祭りのような「ハレ」の営みは、そういう精霊と私たちが行き来できる場所で行われてきたと思うんです。
歌や踊りもそう。私もライブをやっていると、「筒」みたいなものに入っちゃう時があります。そんな時は、すべてが勝手に動いていくような没入感がある。それは「精霊が降りてきている」状態だと思うんですよ。
四本の柱の中で、しばし空を眺める
柱に触れてみると……
神社の裏手にある奉納相撲のための空間は、まさにライブ会場や劇場のようです。コムアイさんは「ここでライブをやりたくなる」と言います。
コムアイ:私、すり鉢状の場所が好きなんです。ふつう、ホールのステージって高い位置にありますよね。でも、すり鉢状になった劇場形式の空間だと自分が一番低い位置にいることになりますよね。そういう舞台って、難しいけどおもしろい。ちょうど日本武道館がそうでした。
ドーンと圧倒するのは上からの方がやりやすいんですよ。でも下からだと、「おーい」と呼びかけても全然客席に届きません。それよりも、ぐるぐると「気の渦」を起こして、お客さんをこっちに引き込まないといけない。「引く力」が強いイメージ。そうするとみんなが私に釘付けになるんです。まるでアリ地獄みたいな(笑)。
柱に触れて軽く叩くと、それが樹木の質感を再現した金属製のオブジェだったと気づいたコムアイさん。さっそく打楽器のようにリズムを刻み、空間を音で満たしていました。
打楽器のようにリズムを刻む。「インドネシアの打楽器、ガムランみたい!」とはしゃぐコムアイ。
うぶすなの家
次に訪れたのは、1924年築の茅葺き民家を焼き物と料理で再生した「うぶすなの家」。温もりのある建物に、陶芸家たちの手がけた囲炉裏やかまど、洗面台、風呂がしつらえられ、地元の食材を使った郷土料理を陶芸家の器で味わえます。2004年に起きた新潟県中越地震からの復興という想いを込めて、2006年に「土」をテーマにしたアートとしてオープンしました。
「うぶすなの家」(2006年)
1924年築、越後中門造りの茅葺き民家を「焼き物」で再生したプロジェクトです。1階には、日本を代表する陶芸家たちが手掛けた、いろり、かまど、洗面台、風呂、そして地元の食材を使った料理を陶芸家の器で提供するレストラン。2階は3つの茶室から成る焼き物の展示空間。集落の女衆たちの溌剌とした笑顔とおしゃべりも人気です。ディレクションは陶芸雑誌『陶磁郎』編集長の入澤美時が、建物改修は木造民家研究家の安藤邦廣が担当。
*来訪は、上記ページで公開時期・時間や訪問方法をお確かめのうえご計画ください。
案内してくれたのは、「うぶすなの家」の中心人物である水落静子さん。コムアイさんが「うぶすな(産土)って古い神様ですよね。折口信夫が、産土神のことを書いていた気がする」と投げかけると、「私より詳しいんじゃない」と驚く、そんな和気あいあいとした雰囲気です。
案内役の水落さんとすぐに仲良しに。建物の歴史について伺います。
入り口にある大きなかまどは、愛知県の陶芸家、鈴木五郎による織部焼。カラスのモチーフが独特です。煙突のついたかまどを初めて見たというコムアイさんは、カラスの図柄を指して「小さいのもいる! ガイコツの目玉の中にカラスがいるみたいで、すごく可愛い!」と興奮気味。
かまどに描かれた絵柄に興味津々のコムアイさん。「節があって、なんだか“ダルマ落とし”をしたくなる煙突ですね(笑)」
2階に上がると、もともと養蚕に使われていた部屋を改装した茶室が並びます。根曲り杉を床材に使った「闇の茶室」、宿泊時には寝室にもなる「風の茶室」、和紙が張られた「光の茶室」。コムアイさんは、階段箪笥を上がった奥にある屋根裏を興味深そうに覗きます。
階段箪笥を上がり、奥の屋根裏へ
「光の茶室」にて、鈴木五郎作の高級な茶器を覗き込む
信楽焼のお風呂にすっぽりとおさまるコムアイさん
待ちに待った昼ご飯は、郷土の食材をふんだんに使った御膳です。梵天丸(ぼんてんまる)という茄子の丸煮や、夕顔という瓜のカンピョウ、芋から育てた手づくりこんにゃくなど、たくさんの小鉢が並びます。メインはジューシーな「妻有ポーク」のソテー。お米はこの集落で取れた「棚田米」です。
銘柄豚「妻有(つまり)ポーク」をメインに、丸茄子などの郷土野菜もたっぷり。コムアイさんは「とにかくお米が美味しい!」と驚きの様子
コムアイ:私、個人的には料理というより、その前の段階が好きなんです(笑)。畑を手伝ったりするのがすごく好きで、「何がどうやってできるのか」が気になります。それにしても、地元のお母さんは本当にどんなストーリーも知ってる生き字引ですね。この地域の昔の光景が、皆さんのお話から伝わってきました。
料理を御馳走になりながら、「そうめんカボチャって、久しぶりに聞いた!」「こんにゃくいものお花って、不気味ですよね」と、終始、郷土野菜が気になっていた様子
レストランを切り盛りするのは、ハツラツとした笑顔とおしゃべりが人気を集める、地元のおんなしょ(女衆)。「こないな可愛いおなごと一緒で嬉しいわぁ。キレイな肌してんなぁ」と、小宮山マツノさん。コムアイさんもすかさず「そのマスクも可愛いですね!」と笑顔で返します。
左から二番目が、小宮山マツノさん。この辺りでの暮らしや、旦那さんとの出会いの話などで終始盛り上がります
「うぶすなの家」のすぐ近く、同じく2006年につくられたのが、作家・古郡弘による「胞衣─みしゃぐち」。胎児を守る胎盤を意味する「胞衣(えな)」が象徴するように、土に包まれた神聖で穏やかな空間です。入り口では、何かの暗示のようにヘビが顔を覗かせました。中にいると静かで、自然の音しか聞こえてきません。「すごく落ち着く」とコムアイさん。
「胞衣―みしゃぐち」
「胞衣―みしゃぐち」(2006年)
十日町市の北限、5軒の家が暮らしを紡ぐ願入集落。市街地とは時間の流れが違うこの場所で、作家は「場所の気配を形にしよう」と試みた。最終的に場所が決まったのは会期の40日前。当初予定されていた工法では時間も人出も足りず、試行錯誤のなか、地元の土建屋さんが編み出した画期的な工法でつく作られた作品である。胎児を守る胎盤を意味する「胞衣(えな)」が象徴するように、土の中、何かに守られたような神聖で穏やかな空間が生まれた。
*来訪は、上記ページで公開時期・時間や訪問方法をお確かめのうえご計画ください。
コムアイ:宗教的な儀式が行われていた遺跡みたいですね。木や土や石といった、朽ちやすくて儚い日本的な素材でつくられているのが素敵だと思います。
普通、作品って何百年何千年と残ってほしいと考えますよね。でもそれはちょっと傲慢かも。「私たちは今を生きている、その生命活動の一環の中で消えていってもいい」、この作家さんはそういう風に考えてるんじゃないでしょうか。
大地の芸術祭って、2000年に始まってから年月が経っていますよね。そうやって時間が経過していくなかで、作品がどう受け入れられていくんだろうって考えます。作家がずっと手をつけられなくても、土地にだんだん馴染んでいって、地元の人たちが自分たちのものとして関わり続けられる。その受け入れられ方が大事な分かれ目になる気がするんです。
苔むした土壁に手をふれて、しばし佇む
もともとコムアイさんは、胎児を包んでいる膜や胎盤を指す「胞衣(えな)」について考えてきたそうです。
コムアイ:赤ちゃんが胞衣の膜をかぶって生まれてきちゃうこともあるそうなんです。胞衣は、あの世からこの世に来る時に守られていた聖なるものだから、それはラッキーなことなんですって。宗教学者の中沢新一さんと、「胞衣信仰」がある諏訪の神社を見に行ったこともありますよ。
「みしゃぐち」は石の神のことを示すという説もあって、石神(しゃくじん)とも言います。また、それは宿神(しゅくじん)とも言われていたそうなんです。胞衣とみしゃぐちは、両方とも何かを「宿す」という意味でセット。「胞衣─みしゃぐち」も「うぶすなの家」も、共に「土」というテーマで同年につくられたそうですね。だから産土(うぶすな)というのも、「宿す」「生まれる」という意味でつながっていて、全部ぴったりきます。
この作品の中をぐるぐる歩いていると、胎児がお腹の中で過ごす10か月を自分でたどっているような感覚になります。遠くから見ると上部がちょっと丸くて、見た目もお腹みたい。あと、古墳のようにも見えますね。古墳はお墓じゃないですか。死ぬことと生まれることが一つの場所で表現できているのだとしたら……すごい作品ですね。
作品の内部をぐるぐると歩き回る。「沖縄のお墓のようにも見えますね」
コムアイさんが神話や歴史に造詣が深いのは、音楽をつくる際に、ある土地の歴史や物語をリサーチするからだと言います。
コムアイ:リサーチを通じて、心象に浮かび上がってくるものを、拾ったりつなぎ合わせたりしてみると、自分の中で物語の筋が通る瞬間があるんです。それらをアウトプットしたものが作品になります。どちらかというと、アートのつくり方に近いのかもしれませんね。
「芸術祭」という形式が日本に根付いてから、作家がその地域の歴史をふまえて作品をつくり、それを鑑賞するというスタイルが広がっていますよね。今の時代、みんなに共通しているのは「ルーツを失っている」という感覚だと思うんです。だからこそ、「大地」にさかのぼって「地に足をつけたい」という欲求があるんじゃないかな。
私たちの多くは、情報が行き渡った便利な生活を送る中で、何か大事なものを忘れてしまったような感覚を無意識のうちに抱いているのかもしれません。越後妻有にあるプリミティブな作品たちは、木々や土、胎内に還り、自らの足元を見つめ直すきっかけを与えてくれそうです。
コムアイさんの旅は、後編へ続きます。
プロフィール
コムアイ
歌手・アーティスト。1992年生まれ、神奈川育ち。ホームパーティで音楽活動の勧誘を受け歌い始める。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして、国内だけでなく世界中のフェスに出演、ツアーを廻り、その土地や人々と呼応しながらライブパフォーマンスを創り上げている。 好きな食べ物は南インド料理。趣味は世界各地に受け継がれる祭祀や儀礼を見学すること、唄や踊りを習うこと。 音楽活動の他にも、モデルや役者、ナレーターなど、様々なジャンルで活動している。 2019年4月に屋久島からインスピレーションを汲み上げながらプロデューサーにオオルタイチを迎えて制作したEP「YAKUSHIMA TREASURE」をリリース。