特集 / あの人と行く越後妻有 第2回(後編)
眉村ちあきさんが、多彩なアートを直感でとらえる越後妻有の旅。後編は、見渡す限り棚田が広がる絶景や、古民家全体を使った異形のアートを体験。さらに今回の旅の終着点、越後妻有現代美術館[キナーレ]へ。彼女が大切にする「想像力」がアートと共鳴します。
テキスト:内田伸一 撮影:豊島望 編集:内田伸一、川浦慧(CINRA.NET編集部)
18 December 2019
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眉村ちあきが感性全開で挑む、アートな社会見学
「星峠の棚田」は四季折々、朝昼晩と多彩な姿を見せてくれます。「大地の芸術祭」では、棚田に雲海が広がる夏の朝にこの周囲を走る「星峠雲海マラソン」を企画したことも。
次なる目的地は「星峠の棚田」。大小の棚田約200枚が山あいの斜面に広がる絶景です。中山間地域の厳しい自然を克服して生まれた風景ですが、その美しさに眉村さんも見とれます。ドームやアリーナのライブも良いけれど、いつか海や砂漠など「2億人とか集まれる場所でやってみたい」と言う彼女には、ここも想像力を刺激する場所?
星峠の棚田(展望台と公衆トイレ)
住所:新潟県十日町市峠1513
問い合わせ電話: 025-598-2521 (峠集落センター)
*十日町市の棚田は観光用地ではありません。上記ページもぜひご覧いただき、マナーの厳守をお願いします。
眉村ちあき
一方で、実はこの棚田、近年は担い手が減りつつある課題もあります。そこで「大地の芸術祭」で生まれた人の縁を活かし、皆で棚田を支える「里親」(共同オーナー)たちを募る「まつだい棚田バンク」が2003年にスタート。田植えや稲刈り・収穫祭の季節には、大勢が参加し賑わうようにもなりました。里親には毎秋、美味しいお米が届きます。
眉村:そうか〜。里親とは違うけど、私、2017年に自分で事務所(「株式会社 会社じゃないもん」)を作って、株券はライブ会場でファンに買ってもらったんです。「株主っていうファンクラブにしよう!」という感じで面白そうだったのもあるけど、それだけじゃなくて。皆と一緒だからできることがあるし、ファンの人たちにとっても私のライブが「一緒に楽しんで自由になれる大切な場」なんだって思えると、私もまた頑張れる。だから「まつだい棚田バンク」もとっても良いなと思いました。
鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志の作品「脱皮する家」 2006年
続いて、同じ峠集落にある作品「脱皮する家」に到着。ちょっとミステリアスな木立の中を進んで行くと、お目当ての立派な古民家が。外見こそ静かな木造建築ですが、一歩中に入るとビックリ。床、壁、天井、梁の全てが彫刻刀で彫りまくられています。
鞍掛純一+日本大学芸術学部彫刻コース有志の作品「脱皮する家」 2006年
築150年の古民家を使い、室内表面のいたるところを彫刻刀で彫りぬくことでアートとして「脱皮・再生」させた作品。日本大学芸術学部の教授と学生の有志が、約2年半の時間と、述べ3000人の手仕事で完成させた。鑑賞体験の他、一棟貸しの農家民宿としても利用できる。詳細は以下を参照。
*来訪は、上記ページで公開時期・時間や訪問方法をお確かめのうえでご計画ください。
「脱皮する家」の内部。あらゆる表面が彫刻刀で掘られている。
眉村:何か事件が起きそうな場所だな〜と思いながら入ってみたら、中でこんな大事件が生まれてたんだ。裸足になって床にスリスリふれると、足の裏でも彫りあとが感じられて気持ちいい。
この古民家は築150年。空家になるまでの間に、時代と共に外壁や内部を補強するなど姿を変えてきました。彫刻家で日本大学芸術学部教授の鞍掛純一と学生たちは、まずその当初の姿を露わにすることから始めました。土間や農業用の牛や馬がいた場所、囲炉裏など、長年の暮らしを物語る姿を再生。さらに室内表面のいたるところを彫ることで新たな姿を引き出し、アートとして「脱皮・再生」させたのです。ひとつの建物や人間のなかにも、様々な未知の可能性が潜むことを教えてくれるような作品です。
実はこの家、「現代アート×農家民宿」の謳い文句の通り、宿泊することもできる作品です。1日1組、一棟貸しなので、友達同士や家族旅行でも特別な宿泊体験ができそうです(キッチンやバストイレは最新式にリフォーム済)。
ロフトのような空間もあり、宿泊するとさらに楽しそうです。
眉村:よーし、こんどツアーで新潟に来るときは、ここでみんなと合宿ライブだ! そのあと、棚田の稲刈り収穫祭ライブかなっ。
越後妻有里山現代美術館[キナーレ]は、街なかで人々に親しまれるスポット
いよいよ今回の旅も終着地点。十日町駅周辺の街なかにある、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]へやってきました。中央の大きな「池」は、人々の憩いの場として愛されています。
越後妻有里山現代美術館[キナーレ] 2003年
2003年に 「越後妻有交流館・キナーレ」として誕生。正方形を基調とした入れ子的な形状は、原広司+アトリエ・ファイ建築研究所の設計。2012年に現代美術館として生まれ変わった。館内にはスケールの大きな現代アート展示や、飲食施設「越後しなのがわバル」、入浴施設「明石の湯」などがある。建物中央に開けた、水を湛えた大きな「池」も人気スポット。
*来訪は、上記ページで公開時期・時間や訪問方法をお確かめのうえご計画ください。
2018年の第7回「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」では、アーティストのレアンドロ・エルリッヒがこの池を利用して空間全体を作品化。恒久作品となり、今も訪れる人々を楽しませています。眉村さん、どれが作品だかわかりますか?
作品を探しているのか、水遊びで楽しくなっているのか、判別しがたい眉村さん。
眉村:え〜、どこだろう? 真ん中には台座があるけど、何も置いてないしな。ん、ちょっと待って。これってもしかして……。
「ん?」と、何かに気づいた様子。
眉村:あっ、わかった。わかりましたっ! この池の底、何か描いてある。しかもこれ、この建物そのものと空じゃないのかな?
さすがの正解です。この作品「Palimpsest: 空の池」は、水に映る建物と青空そっくりの絵を、池の底に描いたもの。そのため2階のある1点から眺めると、実際の水面の鏡像と「描かれた鏡像」が重なり、別の角度から見ると複層化し、見る者に奇妙な感覚をもたらします。また、雨模様でも池に映る空は快晴! というような不思議なことも起こり得るのです。
レアンドロ・エルリッヒ「Palimpsest: 空の池」 2018年
眉村:なるほど〜。2階からどんな風に見えるか想像しながら池で遊ぶのも楽しいし、上からじっくり眺めていても不思議な気分で面白いですね。
建物内部には、スケールの大きな現代美術の常設展もあります。
レアンドロ・エルリッヒ「トンネル」2012年 越後妻有でよく見かける「トンネル」と「かまぼこ倉庫」に着想した体験型作品。トリック効果で眉村さんが巨大化!
カールステン・へラー「Rolling Cylinder, 2012」2012年 古き良き「床屋さんの三色ポール」の中に入り込むような体験。血液の循環や、サイケデリックロックも連想させます。
クワクボリョウタ「LOST #6」2012年(撮影:中村脩) 網かごなどの日常品の中をライト付の模型電車が走ると、光と影の幻想的風景が壁に流れていきます。
ラストは、小さな電車に乗り込んで越後妻有を旅するような気分を味わえる、クワクボリョウタ作品「LOST #6」を楽しんだ眉村さん。今回の旅の感想を、改めて聞きました。
眉村:えーと、途中で食べたあのソフトクリームが美味しかった! って、実はそんなの食べてないです(笑)。何が言いたかったというと、人は「想像力」で楽しくなれるっていうこと。たとえば最初に行った「絵本と木の実の美術館」は、絵本世界の物語が素敵なのはもちろんだけど、同時に「これはきっとチンアナゴ!」とか、自由に想像していいんだって気持ちにさせてくれました。私の曲も、きっかけになった実体験とかはあるけれど、それはそれとして自由に想像してくれたら、世界はもっと広がるなって思えました。
たとえば彼女の曲“ピッコロ虫”は、ある苦い実体験をバネにした作品だそうです。音楽フェスのオーディションで「アイドルです」と名乗った途端、歌う前から審査員が下を向いてしまったとか。そこから生まれたこの曲で、彼女は前向きに力強く、<ねえ、君のまだ見ぬ世界なだけさ>と呼びかけます。それは、先入観にとらわれている人全てに向けたメッセージかもしれません。
おまけ。屋外作品「帰ってきた赤ふん少年」(関根哲男、2009年)の前にあった顔ハメ看板での1枚。「私の新しいアーティスト写真にどうかな」と想像を膨らませる眉村さんでした。
プロフィール
眉村ちあき(まゆむら ちあき)
1996年9月12日生まれ。東京都出身。弾き語りトラックメイカーアイドル 兼(株)会社じゃないもん代表取締役社長兼カリスマ。高い歌唱力に加えギターを弾き語りするスタイル、さらにはユーモアのあるサンプリング、トラックメイクの技術、明るく自由奔放なキャラクターで大注目される。2019年5月に1stアルバム「めじゃめじゃもんじゃ」でメジャーデビュー。2020年1月8日には2nd Album「劇団オギャリズム」を発売。さらに、全国ツアー「CHIAKI MAYUMURA 2nd Tour 劇団オギャリズム」開催が決定している。