新潟から世界を捉え、21世紀の美術を考える
大地の芸術祭公式WEBマガジン

特集 / ディレクターコラム 第1回

『美術は大地から』創刊に寄せて

北川フラム(『美術は大地から』編集長 / 「大地の芸術祭」総合ディレクター)

大地の芸術祭公式WEBマガジン『美術は大地から』では、この芸術祭の総合ディレクター、北川フラムが編集長を務めます。芸術祭をめぐる思考を綴る連載コラムの初回は、新マガジン創刊に向けた思いを語ります。

編集:内田伸一、宮原朋之(CINRA.NET編集部) 撮影:豊島望

30 September 2019

越後妻有の人たちに笑顔になってもらいたい

2000年に「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が誕生してから、まもなく20年が経とうとしています。このような時期に新たな試みとして、大地の芸術祭公式WEBマガジン『美術は大地から』を創刊できたことを喜んでいます。編集部と共に、この芸術祭と越後妻有の魅力を、様々なかたちでお届けしていきたいと思います。

この編集長コラムの初回用にスタッフから提案されたテーマは、初開催から20年近くを経た今、「『大地の芸術祭』への変わらぬ思いと、新たな思い」というものでした。私の答えは、当時から変わらない思いはますます強くなったし、一方でこの芸術祭の「深化」に合わせた挑戦をしていきたい、というものです。

変わらないのは「越後妻有のおじいちゃんおばあちゃんたちに笑顔になってもらいたい」との思いです(*1)。 1990年代に「大地の芸術祭」の構想がスタートした際、その主な目的はこの地域の活性化でした。自然の中に豊かな里山文化が息づく一方、高齢化や過疎化が進む地域です。最初は「芸術祭」と言われて戸惑う方々も、多くいました。そこから様々な対話を通じて地元のご協力を得ることで、この芸術祭は実現したのです。

そうして開幕した芸術祭で私が出会ったのが、アーティストたちの表現にふれ、それぞれの形で関わってくださった、地元の方々の笑顔でした。そのとき決意したのが上述の思いだったのです。以来この気持ちは変わらず、むしろますます強くなるばかりです。

地域の課題解決はいまだ試行錯誤の途上にあります。しかし、だからこそ、またこれからの私たちの社会を考えるためにも、芸術祭の挑戦を続けたい。これについては本マガジンでも、この連載や、地域の方々への取材記事などを通じてご紹介できたらと考えています。

*1:より詳しくは北川フラム「大地の芸術祭前史—その始まりまで」 『美術は地域をひらく: 大地の芸術祭10の思想』(現代企画室、2014年)を参照。同書は大地の芸術祭の豊富な作品紹介と共に、その思想や軌跡を記した一冊。

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イリヤ&エミリア・カバコフ「棚田」2000年(撮影:中村脩)

多様な人々が集い交わることで、芸術祭は「深化」する

同時に、「大地の芸術祭」は多くの人々に開かれ、支えられています。国境を越えて集ってくれるアーティストたちや、世界各地から訪れてくれる来場者の方々、そしてこの芸術祭になくてはならないボランティアの皆さん。また、あえて加えさせてもらえば、関わるスタッフたちの頑張りもあります。

一人ひとりが芸術祭に寄せる思いはそれぞれです。「自然と里山に抱かれてのアート体験」を楽しみに訪れる人もいれば、ここでの実践を現代アートの最前線とみなしてくれる人もいる。日常を離れて自らの生き方を見つめ直す時間にしているリピーターもいます。

そこでは私も予想しなかった発見やつながりが生まれ、この20年近くを通して、芸術祭の「深化」と呼べる出来事が各所で起きました。文化や国の違いを超えて、これからの社会や地域のあり方を考えるヒントを探すような動きも生まれています。

このマガジンでは、個々の作品の背景を含めた紹介記事や、多様な方々による体験レポート、またサポーターの皆さんから見た「大地の芸術祭」などをご紹介します(*2)。さらに芸術祭をきっかけにぜひ知っていただきたい、この地域の魅力も発信していきます。

私自身は、日本が150年かけて、あるいは戦後で言えば70年かけてやってきた近代化・現代化を経て、グローバル経済化が進んだ現在、私たちがどう生きるかを考えながらこの芸術祭づくりに対峙してきました。

そこには私なりの思想が反映されており、アートを通じて、現代人が生きるうえでの空間の問題、社会的つながりの問題、また労働の問題や、これからの社会における人間の尊厳などにも思いをめぐらせています。このことは、本誌でも折々にお伝えする機会があればと考えています。

※2:今回の創刊号では以下を公開中。

特集 / あの人と行く越後妻有 第1回(前編)
折坂悠太が大切にする「ローカル」や「トラッド」の強さ

物語 / 私と「大地の芸術祭」第1回(前編)
田中里奈さん(モデル / 大地の芸術祭オフィシャルサポーター)

草間彌生「花咲ける妻有」2003年(撮影:中村脩)

美術は大地から――私たちの明日のために

「現代美術は都市の問題に対するカウンターであり、ゆえにその最先端は大都市にある」という考え方もありますが、私はそんなことはないと思っています。むしろ、越後妻有のような地から「大地の芸術祭」を発信する意味はとても大きいと気づかされました。

この土地の自然と歴史、生活など重層的な場で美術作品が生まれ、また体験されることは、いわば化学実験室のようなホワイトキューブでの観賞とは異なる魅力があります。

国際的に活躍するアーティストたちが積極的に参加してくれる理由もここにあり、彼らも「ここで何が起きるのか見てみよう」と思ってくれているようです。そこでは、短期的な美術界の傾向などとは異なる、現代を生きる私たちにとってより本質的なテーマが見出せると思っています。

このように、「大地の芸術祭」には本当に様々な要素があり、いわば「雑」(いろいろなものが入りまじっている)な世界だからこそ生まれてくる面白さが確実にあります。これこそが、私が越後妻有との20余年を通じて得た、最も大きな学びのひとつでした。

当初は私が半世紀ほど生きて考えてきたことを起点にした面も強いのですが、多様な人たちと一緒にやっていくなかで、具体的な局面ではその人たちのセンスやキャラクターで物事が動いていきます。つまり、これらの芸術が持つスケールは、誰かが「ああしてこうして、こういう風にやろう」と考えて、その通りにいくような「狭さ」ではないということです。この学びは、私にとって決定的なものでした。そしてここにこそ、芸術が社会に対して持ち得る豊かな可能性があると考えています。

美術は大地から。この新しい、しかし私の心のなかにずっとあったフレーズをタイトルにして、「大地の芸術祭」の公式WEBマガジンが始まります。ぜひご覧いただければ幸いです。

プロフィール

北川フラム

『美術は大地から』編集長/「大地の芸術祭」総合ディレクター

1946年、新潟県高田市(現・上越市)生まれのアートディレクター。2000年に始まった「大地の芸術祭」に、その準備段階から現在まで総合ディレクターとして関わり続けている。本マガジン『美術は大地から』編集長。

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