運営 / 越後妻有の舞台裏から
28 April 2021
4月末、あたたかな日差しを浴びても、日陰にはまだ雪が居残っている。絵本と木の実の美術館の裏手の土手には、フキノトウが一面に顔を並べてこちらを見ていて、「春だ!」という小さな声が、冬眠から覚めたカエルや小鳥たちの声とともに聞こえてくるようだ。
土手一面に顔を出すフキノトウ
残雪と校庭の桜が同居する、鉢集落の春(4月中旬撮影)
4月になると、集落の人に「しずかはどーやん。いつ帰ってこらんだ。」と声をかけられる。美術館で春から秋まで暮らしているヤギのしずかの出産シーズンだからだ。皆が気にしてくれている感じがたまらなく嬉しい。美術館創立前から田島征三が思い描いてきたヤギのいる美術館。新たな空間絵本の立役者として迎え入れられてから今年で7年目になる。(今年は5月中旬に帰る予定)
鐙島小学校の子どもたちと田島征三
鉢集落の子どもが通う鐙島(あぶしま)小学校では、子どもたちがヤギとのふれあいを通して命の大切さを学ぶ。生活科だけでなく、図工・国語・算数の教材としても活用されている。また、この数年は鉢集落の皆さんが餌を積極的に持ってきてくれるようになった。ヤギが好きな草を熱心に選び、足しげく通ってくれる鉢ばあちゃんたち。サツマイモの収穫時期には、芋のつるを軽トラにいっぱい積んで持ってきてくださる方も増えた。ヤギを飼うことが、地域の皆さんと心を通わす大事な要素となっている。
籠いっぱいに餌を詰めて、背負って美術館まで歩いてくる鉢ばあちゃん
地区内にある桑畑の桑を大量にいただき、みんなで葉を枝から採る作業。乾燥させて、冬越しの餌づくりを作る。
ー ヤギ・メモ ー
田島征三は、東京都西多摩郡旧日の出町で自給自足生活をしながら絵を描いていた1970~80年代、ヤギと暮らしていた。当時飼っていたヤギの名が「しずか」。メエメエうるさいので、「静かにしろ!」と言っている内に、しずかと呼んでいた。牛乳を飲むと下痢をするが、ヤギの乳だと飲めるという、田島家の貴重な栄養源だった。しずかとの暮らしを日記のように綴った7部作の絵本『やぎのしずかシリーズ』は、当時ベストセラーになった。現在美術館にいる母ヤギを「しずか」と名づけている由来である。
開館前に行う雪囲い外しと校舎の大掃除(4月18日撮影)
4月18日、毎年開館前に鉢集落の皆さんとともに雪囲い外しと校舎の大掃除を行った。自然とたくさんの方が集まり、手際よく作業が進む。作業後に手作りの昼食で労うのが恒例だったが、去年からできなくなったのが寂しい限りだ。旧真田小学校が存続している頃から、集落の皆さんは学校で起こるさまざまなことに一心に協力してきた。小学校は、鉢集落と集落の子どもたちへの愛情を表現する場所として存在していた。絵本と木の実の美術館は、こうした鉢集落の長年紡がれてきた心に支えられているのだ。
校舎が改築された当時も今と同じように、皆さんが集まり校舎をきれいにしていた記録が残っている。(昭和58年頃)
美術館の前にある休耕田を活用し、生きものたちが暮らす場所(池)・ビオトープを作ったのは2014年。真ん中に8(鉢)の字型の島が浮かび、隣には小さな田んぼがある。2018年には小川を造成。7年間、定期的な生物調査や環境改善に取り組み、多種多様な生物が暮らせるビオトープに育ててきた。今では、時代の近代化により一度姿を消した貴重な生きものたちが、続々と帰ってきている。
ビオトープづくり(2014年)
カエルやトンボは多種に及び、サンショウウオやクロゲンゴロウ、ゲンジボタルも姿を見せてくれるようになった。(写真はニホンアカガエル)
次のトリエンナーレでは、ヤギを含めたこの一帯のエリアに、空中を舞うような鉄の作品が新たに展開される。鉄の作品は、「脱皮する家」という作品でお馴染みの鞍掛純一さん(日本大学芸術学部教授)が協力してくれ、現在制作が進んでいる。景観を最優先した生きものが排除された空間構成ではなく、あらゆる生きものたちに生きる力を与える美術館になることが目標だ。
鉄作品の制作現場より、田島征三(右)・鞍掛純一(左)(日大芸術学部のアトリエ)
ビオトープを舞台に描かれた絵本『とわちゃんとシナイモツゴのトトくん』(ひだまり舎)が、今年の夏に出版される。田島征三は、水の中の世界と、魚から見た世界を描くという新たな挑戦に挑んだ。この絵本は、福島第一原発の汚染水処理問題をはじめとする、環境問題への気づきを与えたいという作家のメッセージも込められている。絵本と木の実の美術館では、出版に向け予約も受け付けている。現在は、この絵本の習作と昨年出版され話題となった絵本『つかまえた』の原画を展開する春の展覧会「少年からみた魚と、魚からみた少女」を開催している。
絵本『つかまえた』表紙、『とわちゃんとシナイモツゴのトトくん』表紙イメージ
鉢のお母さんが度々美術館に立ち寄り、どっさり山菜をくださる。「なかなか鉢に来られない田島さんに送ろう!」「そーしてくんねーかね!田島さんも、ちっとは元気になるかもねえ!」こんな会話が飛び交う、春の絵本と木の実の美術館に、ぜひ遊びに来てください。
NPO法人 越後妻有里山協働機構 天野季子
(トップ写真/Kurakake Junichi)
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