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特集 / ディレクターコラム 第5回

作品から場所へ——「越後妻有アートトリエンナーレ2021」の船出

北川フラム(『美術は大地から』編集長 / 「大地の芸術祭」総合ディレクター)

コロナ禍の課題に対峙しつつ、今夏の開催が正式決定した第8回展「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2021」。初開催から約20年を経た今、本芸術祭の原点を確かめ、さらなる一歩を踏み出す強い思いを、北川総合ディレクターが綴ります。

編集:内田伸一、宮原朋之(CINRA.NET編集部) 

10 March 2021

イリヤ・カバコフ「16本のロープ」 モスクワのアトリエでの展示のクロージング 1984年 Photo:Ilya Kabakov

20年以上かけた「耕し」から芽吹いたもの

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2021」の開催が、2021年7月25日から9月12日までの日程で正式決定しました(*1)。コロナ禍においても感染予防・拡大防止対策をしっかりと講じることで、来訪者の方々、作家、サポーター(こへび隊)、そして地域のみなさんが安全・安心に楽しめる芸術祭を目指し、万全を期して臨みます。

2000年の初回から数えて8回目、20年余りの継続と発展を通じて、この芸術祭が耕したものが確かにあると実感しています。一方で、高齢化や過疎化が進むこの地域を元気にしたいという当初からの目的はまだまだ途上で、むしろ約20年を経てようやく、各地域に地盤をつくるための「芽」が出てきたとも言えるでしょう。

こうしたことも背景に、今回は「作品から場所へ」ということを強く意識しています。もちろん「大地の芸術祭」において、作品は変わらず最重要な要素のひとつです。世界各国の作家が越後妻有でつくり出した作品をめぐり、その体験を通じて地域の魅力、季節と共にある集落の営みなどを発見/再発見する。これはこの芸術祭の根幹となる考え方で、今回も約100の新作を含む、合計300点近くの作品を各所でご覧いただける予定です。

それは、単に作品をそこに「置く」だけのことではありません。そこから始まるさまざまな出来事やつながりをどう育てていくか——私たちは、これこそが大切だと考えます。ですから、「作品から場所へ」というのは前述の「芽」をさらに育てる動きであるとも言えるでしょう。そこで今回、鍵となる10の施設の役割を改めてじっくり考え、新たな変化も含めた場づくりに力を入れています。

*1:大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2021
会期:2021年7月25日(日)~9月12日(日) 50日間
開催地:越後妻有地域(新潟県十日町市・津南町)760㎢
主催:大地の芸術祭実行委員会
共催:NPO法人越後妻有里山協働機構
(第8回展メインビジュアル 撮影:川内倫子  デザイン:佐藤卓(㈱TSDO))

難局においても生きる力を育てる場へ

「作品から場所へ」という指針のもとで施設に力を入れると言っても、それはただ「入れ物」を改めて新味を出すというような意味ではありません。ここでいう場所とは、そこに人が生きている場所であり、だからこそ多くの人々と関わりながら、この地域が生きていく力を育てるための場や施設として、より充実させたいということです。

たとえば、まつだい「農舞台」とこれに隣接する松代城山で目指すのは、自然と人の営みを感じる場です。屋外作品では、第1回の開催以来広く親しまれているイリヤ&エミリア・カバコフの「棚田」(*2)や、同作家が2015年に高台に制作した「人生のアーチ」(*3)があります。

今回は「大地の芸術祭」の歴史を共に歩んできたと言えるカバコフ夫妻の作品がこのエリアを中心に全8作集結し、「カバコフの夢」として結実します。これは世界でも類を見ない試みでしょう。

イリヤ・カバコフは、旧ソ連時代の圧政下で長く自由な発表の場を得られない過酷な環境にありました。実現できるかわからない構想を描き続け、諦めずに作り続けたことで、やがて世界的なアーティストになります。

「棚田」はそんな作家の営みと、越後妻有の厳しく美しい土地が融合して生まれた作品だと、私はとらえています。また彼のそうした生き方は、コロナの影響で従来の営みができなくなった今、なお道を切り拓こうとする人間の意思にも通じるものを感じます。

*2:イリヤ&エミリア・カバコフ「棚田」2000年(Photo by NAKAMURA Osamu) 詳細はこちら

*3:イリヤ&エミリア・カバコフ「人生のアーチ」2000年(Photo by NAKAMURA Osamu) ≫詳細はこちら

3月から特別先行展示を行う「16本のロープ」(*3)は、カバコフが1984年から繰り返し取り組んできた代表作のひとつです。頭上に張り巡らされたロープには、コルク栓や空のマッチ箱などがメモを添えてぶらさがり、メモには自然、子供、健康、家事、愛など、日常の営みをめぐる会話が記されます。作家はこれを「個人のものであると同時に皆の言葉である」と述べました。他にも7月末からの本会期中は、カバコフ夫妻による「手をたずさえる塔」や、子どもたちの夢を描いた絵をつないで帆にした「手をたずさえる船」の模型などが登場する予定です。

松代城山ではほかにも、国内外の作家4組が「松代城」を活かしてその内部に新作を制作するプロジェクトなどを予定しています。

*3:イリヤ&エミリア・カバコフ「16本のロープ」コンセプトドローイング 1995年

ニコラ・ダロ 越後妻有里山現代美術館[キナーレ]での新作イメージ

有機的なつながりを求めて

十日町に位置する越後妻有里山現代美術館[キナーレ]は、地域を代表する美術館として、内外から多様な人々を迎えてきた役割をさらに高めることを目指しています。今回、名和晃平のインスタレーションやニコラ・ダロのユニークな動く彫刻などが登場します。また屋外では、レアンドロ・エルリッヒの作品「Palimpsest: 空の池」(*4)でお馴染みの空間に中谷芙二子による霧の作品が、建物外壁には淺井裕介による大型壁画が実現します。

新設の展示室では、「大地の芸術祭」がこれまでロシアや旧ソ連出身の作家も多く招いてきた縁から、プーシキン美術館との特別企画展も決定しました。さらに展示以外でも「良品計画」との地域のコミュニティセンターの創出のほか、Oisix社との共同で名産米のパッケージデザインに芸術祭ゆかりの作家の作品を用いた商品(*5)なども引き続き紹介していきます。魅力的な作品と共に場をひらき、耕したい。そうした思いで準備が進んでいます。

ほか、松之山地域の木造校舎を改修した宿泊交流施設「三省ハウス」では、お客さんと地域のスタッフの交流に加え、作家やサポーターも滞在して多様な出会いが生まれる場を目指します。

施設という枠を超えて有機的なつながりを育てる場も考えています。たとえば、長野県との県境にある秘境・秋山郷の小学校を改修した「かたくりの宿」(*6)では、周辺に広がる石垣田やマタギ文化、圧倒的な雪景色や原風景など、昔の生活が色濃く残る秋山郷の魅力をより強く伝えていきます。

また、大都市における地域活動という点からは、東京・深川資料館通りの名物「かかしコンクール」に関わる方々を越後妻有に招いての交流。また、松代地区で農業をしながら女子サッカーの試合に臨む「FC越後妻有」が参加するプロジェクトもあります。

*4:レアンドロ・エルリッヒ「Palimpsest: 空の池」2018年(Photo by KIOKU Keizo)
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*5:「Oisix」とのコラボレーション商品第3弾のルイボスティー(デザイン:原游)

*6:秋山郷結東温泉 かたくりの宿
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他方、作家自身の希望で極力手を加えず、むしろ経年変化していくことをよしとするクリスチャン・ボルタンスキーの「最後の教室」(*7)のような作品も、「大地の芸術祭」ならではの場所と言えるでしょう。彼は今回も新作で参加してくれる予定です。

「大地の芸術祭」のこうした「場所」を育てていくにあたる根幹をなす要素として、他にも食や舞台芸術、そして里山各所の作品をめぐるツアーなどがあります。これらについては今回の状況下でどこまで実現できるか、たいへん厳しい面もありますが、安全・安心な環境づくりを前提に諦めず調整していくつもりです。

こうした状況だからこそ、作家たちはやる気にあふれていますし、多くの方々から「また越後妻有に行きたい」との声もいただいていることを、心強く感じます。そして地元の方々においては、地域で出会いが生まれる楽しさと、安心して人々を迎え入れられる環境、双方を実現できるよう最善を尽くしたいと考えています。

*7:クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン「最後の教室」(2006年)photo by T.Kuratani
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最後に私が好きな「場所」のひとつとして、新潟でかつてよくみた、地域の学校の運動会のことを記しておきます。これらは子どもたちのためだけの催しではなく、みんなの運動会でした。朝早くからお父ちゃんやお母ちゃんたちが準備に勤しみ、各々の特技を活かした役割分担がなされます。

頭脳明晰で全体を切り盛りする人、力仕事をまとめて引き受ける人、運動場に掲げる旗をスルスルっと登って取り付ける人など。ときどき騒ぎも起きるけれど、何よりみなそれぞれに「やること」があるのが、とてもいい場所だなと思ったものです。そして私は「大地の芸術祭」も、そうした場所になれればと願っています。

プロフィール

北川フラム

『美術は大地から』編集長/「大地の芸術祭」総合ディレクター

1946年、新潟県高田市(現・上越市)生まれのアートディレクター。2000年に始まった「大地の芸術祭」に、その準備段階から現在まで総合ディレクターとして関わり続けている。本マガジン『美術は大地から』編集長。

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