運営 / 越後妻有の舞台裏から
04 January 2021
前編では、地域のお母さんたちを主軸に進む「大地のおかず」プロジェクトを監修する米澤文雄シェフ(The Burn)、そして同プロジェクトにて流通やコミュニケーションの領域を支えるD&DEPARTMENTの相馬夕輝さんに、試作品を味わっていただきながら、ここまでの道のりを伺いました。
越後妻有の「大地のおかず」チーム。 後列左端が小川寛子(NPO法人 越後妻有里山協働機構)(写真:大地の芸術祭提供)
今回はまず、越後妻有のお母さんたちと共に「大地のおかず」の調理を担当する小川寛子(NPO法人 越後妻有里山協働機構)に、現地からの声を届けてもらいます。最初に「大地のおかず」に込めた想いを聞いてみました。
小川:「大地のおかず」によって越後妻有の味をご家庭で楽しんでいただけることで、新たな発見をしたり、どこか懐かしさを覚えたりと、皆さんそれぞれの感じ方で味わってもらえたらと願っています。さらにそこから、実際に越後妻有に足を運んでもらえるきっかけになったら、一番うれしいですね。
2020年9月、「大地のおかず」プロジェクトキックオフ試作会の様子。松代・松之山地域の方々13名と、米澤文雄シェフ(The Burn)、相馬夕輝さん(D&DEPARTMENT)が越後妻有の多彩な郷土の味を改めて共有し、プロジェクトが始まった。(写真:大地の芸術祭提供)
彼女自身も十日町市出身ですが、今回のプロジェクト参加を通じて、越後妻有の田畑や、地域の先輩世代から多くのことを学んだといいます。
小川:地元のお母さんたちと野菜の下処理などで手を動かしていると、いろいろなお話を聞けました。たとえば、それぞれの食材の良さを引き出す調理方法や、効果的な保存のための知恵、また、ひとつの食材を無駄なくいただく工夫などです。先人の営みを引きついでいるお母さんたちの知識、そして土地に根付いた知恵と工夫は、このプロジェクトを実施するうえでとても大切なものでした。
一方で、郷土の味を料理してふるまう「越後まつだい里山食堂」などの営みとはまた違い、離れた場所にも届けようという挑戦ゆえの試行錯誤や悪戦苦闘もありました。味付けはもちろんのこと(前編参照)、なかには完成直前までこぎつけながら、販売にいたらなかった品もあったそうです。
「ずいきの酢漬け」試作は、畑での収穫からスタート。軽トラック1台分の大量のずいきを収穫し、皮むきしてから茹で、それを甘酢に漬けて完成後、瓶詰めに。今回製品にはしない芋の部分は「越後まつだい里山食堂」で活用された。(写真:大地の芸術祭提供)
そのひとつが「ずいきの酢漬け」。ずいき(芋茎)とは、八つ頭と呼ばれる里芋の茎の部分で、食物繊維も豊富な食材です。越後妻有では食卓にのぼるおなじみの食材ですが、他地域では珍しいものです。そのシャキシャキした歯応えに甘酢の酸味がぴったりマッチした期待の一品でしたが、瓶詰め販売という形態でも本来の美味しさで召し上がっていただくには、もうひと工夫が必要だろうとなりました。ただ現場では、そうしたトライ&エラーも決して無駄にはせず、新たな力に変えているようです。
小川:私にとっては、まず大量のずいきを掘り起こすことから始めた体験も強く印象に残っています。実際に食材が栽培されている環境を体験することで、改めて農作業の大変さを実感し、ふだん野菜を納品してくださる農家さんへの感謝の思いが強くなりました。
そして、このプロジェクトを地域の外から支える米澤シェフや相馬さんのような方々との協働と交流も、「大地のおかず」プロジェクトに生かされています。
小川:いつもポジティブな方向に向かせてくれる米澤シェフと、一緒に歩を合わせてくださる相馬さん。お二人からは、ふだん当たり前だと思っているこの土地のものごとが、魅力あるものなのだと改めて気づかせてもらいました。また、一緒にこの土地のこれからを思い、考えてくださっていることを大変心強く感じています。さらに、この土地で働く人間として、それぞれのお仕事の領域で最先端を走っておられるお二人と「大地のおかず」プロジェクトでご一緒できることは、私たちにとって大変貴重な経験となっています。
「大地のおかず」第一弾の品々。初回販売のラインナップ決定後も、新たに仲間入りするアイテムのために試行錯誤が続いている。(写真:大地の芸術祭提供)
晴れて最初の一歩を踏み出した「大地のおかず」ですが、ここからが本当のスタートとも言えます。ここで再び、米澤文雄シェフ(The Burn)と、相馬夕輝さん(D&DEPARTMENT)にご登場いただき、これからの「大地のおかず」の可能性や、このプロジェクトを通じて見てみたい未来の風景について伺いました。
米澤シェフは、ご自身が料理長を務める「The Burn」では国産牛の熟成牛などを使ったグリル料理を提供する一方、動物性の食材を使わないレシピ本『ヴィーガン・レシピ』(柴田書店)も手がけるなど、幅広い食文化に目を向けています。それはかつてニューヨークで腕を磨いた日々に、レストランに訪れるお客さんたちを通じて人々の多様さ、文化の多彩さを肌で感じた経験とつながっているとのこと。その思想は「大地のおかず」をサポートするうえでも生きています。
米澤文雄
米澤:越後妻有の豊かな食文化の一端を広くお伝えできたらということと、加えて、このプロジェクトが地元のみなさんのためにもなることがすごく大切だと思っています。地域の料理とお母さんたちを主役に始まったプロジェクトですから、たとえ人気が出てもいきなり大規模生産は難しいですし、まずはそれで良いと考えています。ただ、関わる人々に達成感をもってもらえる工夫は必要で、たとえばそのための販売目標なども、引き続き一緒に考えていけたらと思います。
また、今は製造もほぼすべてをお母さんたちが担ってくれていますが、これもプロジェクトの進展に合わせて相談しつつ、別の方々に頼める部分も考えていくのが良いでしょうね。いわば筋トレのように、少しずつ体制を慣らしながら、一緒に良い発展のかたちを探っていく。そんな息の長いプロジェクトになればと願っています。加えて言えば、今こうした取り組みに挑戦したい方々は、日本の各地域にいらっしゃるはず。そうした方々に対しても、「大地のおかず」がうまくいくことでひとつのモデルになり、日本の郷土料理文化がより元気になる一助になれば嬉しいです。
相馬さんはこのプロジェクトへの関わりを、ご自身たちが「d47」で続けている「地域それぞれの魅力をいかに伝えていくか」という活動にも重なる仕事だととらえています。同時に今回のプロジェクトでは、地域内に持続性のある「しごと」を生み出し、さらに地域のなかで世代間の交流と継承が生まれる、そんな風景も期待していると語ります。
相馬夕輝
相馬:越後妻有では多くの地域で高齢化が進んでいて、このプロジェクトでも70〜80歳代のお母さんたちが先頭を切って走ってくださっています。みなさんが現役なのは素晴らしいことですが、今後も息の長いプロジェクトとして続けていくには、次の世代や、より若い方々にも関心をもってもらえたらと願っています。そのためにも「大地のおかず」が地域の方々の働く場を生み出せるプロジェクトになるよう、皆さんとともに育てていきたいです。
また、継承と言いましたが、逆に若い人たちならではの力で、新たにこのプロジェクトにもたらされるも力もきっとあると思っています。越後妻有の食文化はすでに豊かなバリエーションを持っていますから、たとえば今はまだ地元でしか食べられない料理なども、将来的に「大地のおかず」のラインナップに加わるといっそう楽しいですよね。
一つひとつの瓶いっぱいに、地域自慢の里山料理だけでなく、関わる人々それぞれの想いが詰め込まれた「大地のおかず」。「大地の芸術祭」が美術と並んで大切にする「地域の食文化」を通じて、ここからまた新しい風景が立ち上がることを期待します。読者の皆さまもぜひ、一度ご賞味いただき、よろしければこの挑戦を末長く応援いただけるなら幸いです。
PROFILE
「The Burn」のエグゼクティブ・シェフ
高校卒業後、恵比寿イタリアンレストランで4年間修業。2002年に単身でNYへ渡り、三ツ星レストラン「Jean-Georges」本店で日本人初のスー・シェフに抜擢。帰国後は日本国内の名店で総料理長を務める。「Jean-Georges」の日本進出を機に、レストランのシェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)に就任。2018年夏、The Burn料理長就任。
サスティナブル・グリル The Burn
PROFILE
D&DEPARTMENT 食部門ディレクター
「ロングライフデザイン」をテーマに日本各地を取材し、その土地の食材や食文化を活かしたメニュー開発や、イベント企画などを手がけ、47の「個性」や「その土地らしさ」を見直し、発掘、紹介する「d47食堂」をプロデュース。その中で生まれた47都道府県のネットワークを活かして、生産者のもとで生まれるフードロスを利活用する「ライフストック」メニューの開発、郷土料理の料理教室の開催、生産者を巡るツアーを企画する「dたべる研究所」を立ち上げ、各地の生産者との商品開発を通して、地域課題の解決ができる食の関わり方を模索している。他にも、京都「d京都食堂」、富山「D&DEPARTMENT DINING TOYAMA」を展開。
D&Department Project
< 前編 へ続く >
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