物語 / 私と「大地の芸術祭」第3回(後編)
北京・HUBART理事長 / 「華園(中国ハウス)」プロジェクト発起人
「大地の芸術祭」を支えてくれる方々に、その魅力を語っていただくこの連載。今回のゲストは芸術祭の中国公式提携先、北京のHUBART(瀚和文化)を率いる孫倩さんです。前編では、ある小さな記事で「大地の芸術祭」に惹かれた彼女が、やがて越後妻有で中国アーティストのレジデンス施設を誕生させ、交流が始まったお話を聞きました。後編は、2018年に北京で「大地の芸術祭」記者会見を実現し、さらに中国版「大地の芸術祭」を目指す彼女の想いを伺います。
テキスト:中島晴矢 撮影:豊島望 編集:内田伸一、宮原朋之(CINRA.NET編集部)
17 January 2020
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国境をこえて文化の架け橋となる「大地の芸術祭」
ウー・ケンアン「浮遊の彩風」2016年(撮影:中村脩)
「中国ハウス」が誕生してから孫さんがまず実行したのは、中国のアーティストである鄔建安(ウー・ケンアン)さんが滞在制作を経て完成させた作品を、同じ室野集落の奴奈川キャンパスに展示することでした。最初にウーさんを選んだのは、中国の伝統に基づいた作品を紹介したかったからだと言います。
欧米からの影響が強い多くの中国人アーティストに比べて、ウーさんは中国の伝統的な物語やことわざをモチーフとする作家でした。実際に飾られた作品の一つ「浮遊の彩風」も中国古代の地理書『山海経』から着想を得ていて、中国伝統の切り絵の手法で作られています。しかも素材は現代的なステンレス。それがすごく面白かったんです。
展示の公式オープン前に開いた地元住民向けの内覧会で、おじいさんやおばあさん、そして子供たちが作品を見ている姿に、彼女はとても感動したそうです。
中国のギャラリーでは美術関係者やVIP向けの内覧会をしていましたが、あくまでビジネスがメイン。コレクターも「将来この作品の値段が上がるか」といった金銭的な面での注目をしていました。もちろんマーケットが単純に悪いとは言えません。でも、この中国ハウスでの地元内覧会はそうしたこととは関係なく、みなさんすごく純粋に作品と向き合ってくださったんです。そして私はやはり、こちらの方が好きですね。
それから何度も越後妻有の土を踏み、共に暮らしていく中で、ますます「大地の芸術祭」の魅力と可能性を実感するようになったという孫さん。まだ中国でも類似の試みがない芸術祭ということで、現地で実体験してもらおうと、これまで中国から数百人に及ぶ人々を案内し「ガイドさんみたいに作品や施設を紹介して回ってきました」と笑います。
マ・ヤンソン / MADアーキテクツ「Tunnel of Light」2018年(撮影:中村脩) 孫さんたちは「大地の芸術祭」に中国ゆかりの優れた作家を迎える活動にも関わる。2018年の第7回では、清津峡渓谷トンネルに幻想的なインスタレーション「Tunnel of Light」を出現させたMADアーキテクツらの招聘に携わった。
中国ハウスという「家」から、アーティストや住民のみなさんといろんな縁が結ばれて、どんどん広がっていきました。私は室野に行く時に、「行く」とは言わず「帰る」と言っています。まるで第二の故郷なんです。「帰る」たびに地元の方々は野菜やお花、食べものを持ってきてくださいます。私たちも北京のお土産をふるまって、みんなで一緒にお茶を飲む。そんなまごころ溢れるコミュニケーションを通して、絆と呼べるような関係が育まれてきました。
滞在制作をしたアーティストたちからは、何度も「また行きたい」とリクエストされるそうです。
都市で制作をしていたアーティストたちは、開放的な大自然の中で創作をすることで大きな刺激を受けたのではないでしょうか。たしかに農村には都会のような便利さはありません。でも、身の回りのものや山のものを拾って素材に使うなど、アートの本質を再発見するような体験だったと聞いています。
林崗(リン・コウ)「仁者楽山」2018年(撮影:中村脩) 中国ハウス改装時に出た廃材など、多様な素材で山を表現。タイトルは、仁徳ある者は悠然とした山を愛するという『論語』の言葉。
静電場朔「勿体無/mottainai 2019」2019年(撮影:中村脩) 北京出身アーティストを招いた奴奈川キャンパスでの中国ハウスプロジェクト展「勿体無」より。
孫さんはこの3年間、中国でも「大地の芸術祭」に関する数々のPR活動やイベントを主催してきました。さらに、2018年5月にはHUBART主催により、北京で同芸術祭の記者会見を開催しました。そして、そこで宣言されたのは、中国での同芸術祭開催を目指す「大地の芸術祭・中国プロジェクト」のキックオフでした。
北京での「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」記者発表会(主催:HUBART、会場:北京・CHAOホテル)。日中から総勢130名が出席し賑わった。
このような理念を持った芸術祭を中国でやってみたいと、ずっと考えていました。ちょうど2016年頃、中国では農村振興に力を入れる「美しい農村」政策が政府主導で始まっています。もちろん「大地の芸術祭」も、日本の農村振興という点で重要な役割を担っていますよね。そういった意味でも、この芸術祭を中国でやる意義は大きいのです。
単なる観光客としてキレイな景色を見るだけではなく、芸術祭を通してその場所を体験することで、人と人との交流が生まれ、豊かさが得られる。孫さんはこう考えているそうです。
その豊かさとは、心の豊かさです。中国での「大地の芸術祭」開催は私の使命だと思っています。実現したあかつきには、日本のみなさんにぜひ見に来てほしいですね。
国境や、都市・地方といった境を超えて、文化の架け橋を築いていく孫さん。彼女の挑戦はこれからも続きます。
Q1. 思い入れのある作品は?
作品を見た集落のみなさんから、「作中の人物像たちの名前を教えてもらえますか?」というリクエストがありました。実際に189の人物像には、それぞれにウーさんがつけた名前があります。面白いのは、昔の中国の物語に登場する人物ばかりではなく、近現代の著名人も混じっているところです。たとえば、科学者のアインシュタインや、中国の毛沢東らの名も混じっているんですよ。
撮影:中村脩
Q2.あなたにとって「大地の芸術祭」とは?
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