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特集 / あの人と行く越後妻有 第3回

今日マチ子が大地の芸術祭を綴る。わからないを抱えて生きていく

今日マチ子(漫画家)

毎月テーマに沿ったビジュアルが掲載される『美術は大地から』のトップイメージ。その2019年10月から12月分を、漫画家の今日マチ子は手がけている。今回イラストを描くにあたって、彼女は美術学生時代にも足を運んだという「大地の芸術祭」を再訪。満天の星空、憧れの美術との邂逅、地元の人の暖かさ……久しぶりの越後妻有で思い出される、初めて訪れたときの記憶。そして、アートのすべては理解できないと思い悩んでいた、当時の自分。再びその土地を巡り、実感した時間の流れ。『美術は大地から』のために描き下ろしたイラストと共に、その想いを綴る。

テキスト・イラスト:今日マチ子 編集:中田光貴(CINRA.NET編集部)

04 December 2019

©️今日マチ子

「大地の芸術祭」は、始まった当初に何回か行った。わたしが半分子どもだったような頃で、もうかなり昔の話なのだが、せっかくの機会なので思い出してみる。星がきれいだったこと。たぶん生まれて初めて、こんなに大量の星をみたんじゃないだろうか。憧れの光の館には泊まれなかったけど、偶然ジェームズ・タレル氏(*1)に会えて、一言二言だけお話できたこと。今でもそのときの部屋の薄暗さ、長机やパイプ椅子まで思い出せる。宝物のような瞬間だ。帰りのバスがなくて林の中で困っていたら、地元の方が車に乗せてくれたこと。携帯電話が通じなかったこと。広大な地域にぽつぽつとしか作品がなかったこと。あと、大切にしていた日傘が折れてしまって、宿で必死につなげようとしたのも覚えている。緑の深い夏の思い出だ。

*1:1943 年ロサンジェルス(米国)生まれ、フラッグスタッフ(米国)在住。知覚心理学をはじめ、数学、天文学などの自然科学の諸分野と美術史を学び、1968 年から71年までアメリカ航空宇宙局研究所に勤務後、光を用いた実験的な作品の制作をスタート。また、飛行機の操縦体験からの影響も作品制作に伺える。ジェームズ・タレルは一貫して、光を素材として用い、光を体験する様々な空間を提示することにより、私たちの内奥にある感覚に働きかけ、知覚の本質を問いかけることを探求し続ける。代表作に1979年から今も制作中の「ローデン・クレーター」・アリゾナ、2000年「光の館」・新潟、地中美術館にて公開されている2004年「アフラム、ペール・ブルー」「オープン・スカイ」「オープン・フィールド」があり、以後、世界各国での作品展示に加え、数々の賞を受賞。2013 年には、米国大統領オバマ氏からも「National Medal of Arts」を受賞している。

今回、久しぶりに訪れると、驚いたことにほとんどの地理の記憶を失っていた。山道をよく覚えているつもりだったのに、違っていたり、新しい作品ができていたり。昔、すこし手伝った作品は、すっかり森の木々と同化していた(もともとそういう狙いがあったようだが)。正直、これを手がけたかどうかも定かではないレベルだ。強烈に時間の厳しさを思い知らされることとなった。

でも、作品をまわっていくと、時間が育てたものがみえてきた。すっかり根付いて、人々に愛されている作品がいくつかあった。時間を味方につけた作品は強い。地元の暮らしのなかに溶け込み、訪れる人を受け入れ、新しい驚きを与えてくれる。

©️今日マチ子

©️今日マチ子

かつての私はアートが大好きなのに、アートのすべては理解できないことを悩んだ。美術学生時代は自分の頭が悪いせいなんじゃないか、それともアート的なものと心底相性が悪いのかと挫折したような気持ちだった。距離を置いて、一人の凡庸なアートファンになった。でも、表現することから離れることはなく、いまは漫画家として生きている。「よくわからないもの」を見つけることが作品ごとのテーマだ。わからなくたっていい。わからないものがある、というのが大事なんだと思う。たくさんのわからないものを抱えて生きていく。ある日、突然それが動き出す時がくる。

そのひとつが越後妻有だ。かつて「わからないもの」、「?」の群生だったものが、再訪すると少しずつ「!」に変わっていた。もちろん、新たに加わった「?」もたくさんある。

人生と並走する「わからないもの」たち。一緒に時間を超えていく地域と作品たちへ。ずっとさきで、また会いましょう。

プロフィール

今日マチ子(きょう まちこ)

東京都生まれ、漫画家。東京藝術大学美術学部、セツ・モードセミナー卒。2004年から毎日ブログにて綴った1ページ漫画『センネン画報』が注目され2008年に刊行。2014年『みつあみの神様』他で第18回手塚治虫文化賞新生賞、2015年『いちご戦争』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。

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