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芸術 / マリーナ・アブラモヴィッチ

夢の家

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」 2000年(撮影:大地の芸術祭)

芸術 / マリーナ・アブラモヴィッチ

夢の家

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」 2000年(撮影:大地の芸術祭)

築百年を超える古民家は
「泊まるアート」として蘇った。

テキスト・編集:内田伸一 撮影:豊島望

27 September 2019

あわただしい現代生活の中で「自分自身と向き合うために、夢を見てほしい」

十日町市の上湯(うわゆ)集落は、夏は濃い緑が映え、冬は豪雪地となる里山。集落の手前には、泉質の良い「松之山温泉」もあります。ここを舞台に、あわただしい現代生活の中で「自分自身と向き合うために、夢を見てほしい」との願いから生まれたのが「夢の家」。宿泊体験型のアート作品です。

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」 2000年(撮影:安斎重男)

2階にある4色の寝室のうち、赤い部屋。中央にあるのが「夢を見るためのベッド」。

作者は旧ユーゴスラビア出身で、国際的に知られるパフォーマンスアーティストのマリーナ・アブラモヴィッチ (*1) 。彼女は自らの身体で行うパフォーマンスで、人間の様々な関係性を問い続けていますが、「夢の家」はアブラモヴィッチ作品としては世界で唯一の「泊まれるアート」として、国際的に人気です。

*1:作者 マリーナ・アブラモヴィッチのことば

「私にとって重要なのは、この家が地元集落の人々の生活の中に機能し、みなさんの毎日の生活に貢献するような新しい経験をもたらすことです。私の「夢プロジェクト」では、「夢の家」に泊まった方々にその晩見た夢を「夢の本」に書いていただきます。大切なことは、この「夢の本」があわただしいテクノロジー時代に私たちの生活から少しずつ消えていく伝承などといった、伝統との関係に置かれることです」(作品誕生時のメッセージ)

「《夢の家》は大地の芸術祭のためにつくられた。だが信じられないことが起こった。住民たちが、その家を自分たちのものとして受け入れ、その世話をし続け、コミュニティの一部となったのだ。作品がアートというコンテクストから出て、現実の世界に入っていったのは、私にとって初めてのことだった」(後に出版された『夢の本』収録テキストより)

マリーナ・アブラモヴィッチは1946年、旧ユーゴスラビア出身のアーティスト。独自のパフォーマンスアートで国際的に知られています。

宿泊者はまずこの銅製バスタブで薬草湯に浸り、身を清める。(撮影:大地の芸術祭)

泊まる部屋と同色の「夢をみるためのスーツ」。写真は冬用。(撮影:大地の芸術祭)

築100年を超えるこの古民家には、赤・青・紫・緑の4つの寝室があります。ゲストは銅製のバスタブに入った薬草湯で身を清めた後、自分が泊まる部屋と同色の「夢をみるためのスーツ」(作家がデザインしたパジャマ)に着替えます。そして、黒曜石の枕を備えた「夢をみるためのベッド」に横たわり、鉱物が発する自然のエネルギーを感じながら静かな一晩を過ごします。

宿泊者がここで見たそれぞれの夢を綴った「夢の本」。(撮影:大地の芸術祭)

さらに翌朝、宿泊者は自分のみた夢を「夢の本」に書き残すことで、「夢の家」プロジェクトに参加することになります(*2)。ここでは宿泊者と、彼らが「自分と向き合う」体験そのものがアートになるのです。なお朝食は作家のコンセプトにより、地元津南の「まつや」のパンと、コーヒーまたは紅茶の洋食スタイルです。他にもこの家には、作家のメッセージが壁一面に描かれた「精神のレシピ」の部屋や、かつて使われていた家具などを小窓から眺める「Spirit Room」などがあります。

1階にある「精神のレシピ」の部屋。かつて仏間だった空間に、アーティストのメッセージが。

居間の様子。並べられたコップも作家の指示によるもの。(撮影:大地の芸術祭)

*2:マリーナ・アブラモヴィッチ『夢の本』

『夢の本』は、2000年から10年以上にわたり宿泊者が綴った1862の夢から、100の夢を収録して発行されました。さらに作家や関係者の手記・証言やプロジェクトの全記録、各界著名人のエッセイ等も収録されています。その後も「夢の家」では、旅人の夢が綴られ続けています。
発行:現代企画室(2012年6月刊行)
定価2,000円+税 A5並製・242頁

越後妻有オンラインショップで見る

かつてこの集落では、地域に縁のない人たちが訪問することはほとんどありませんでした。それだけに、当初は耳慣れない「現代アート」「芸術祭」への警戒心もあったそうです。しかし、この家の大掃除に始まり、やがて運営管理までを担ったボランティア「こへび隊」との交流などを通して理解者も増え、今は地元のお母さんたちが「管理人」としてゲストへの対応を担ってくれています。また、集落ではこの作品の誕生後、他にも作品が生まれています(*3)。

*3:上湯集落の他の作品

上湯集落には、ジャネット・ローレンスの作品「エリクシール/不老不死の薬」もあります。こちらは伝統的な木造蔵の中で、この地方の薬草学の伝統を現代アートに組み入れた植物博物館のような場所。地元の植物を焼酎に漬けたジュース「エリクシール」が飲めるショットバーにもなっています。公開期間をお確かめのうえ、ぜひあわせてご体験ください。

エリクシール/不老不死の薬 – 大地の芸術祭の里


「アートがわかった!」とは言いませんが、作品の力は感じます。

高橋恵美子さん、村山幸子さん、高澤雅子さん(上湯集落「夢の家」管理人)

第1回、2000年から関わってきました。当時から残る作品という意味でも、「夢の家」は貴重だと思います。訪れる方々と言葉を交わす中で、作品だけでなく、自分が暮らす集落の良さを気づかせてもらえることもありますね。2011年の長野県北部地震ではこの家も大きな被害を受け、私は「これで終わりなら仕方ない」と思ったのですが、芸術祭側から存続への強い意志を聞き、そうか、今やこの家はそれだけ大切な存在なのだ、と思い直しました。(高橋)

最初は警戒していた集落の皆の心がほぐれたのは、ボランティアのチーム「こへび隊」の存在も大きかったですよ、きっと。家の大掃除から始めて、顔を合わせば挨拶してくるから、私たちも野菜をあげたりして……。最初は「ここの緑は濃いですね」と言われても「いつも通りだよ」としか思わなかったけれど(笑)、そのうち農作業を手伝ったり、豊穣祈願の演芸大会にも参加してくれたりしていく中で、関わりが育っていきました。(高澤)

最初に芸術祭の人たちが作業にやってきたときは、当時話題だった新興宗教か何かだろうか? と不安でしたね。だってほら、寝室は真っ赤だし、現代アートなんて縁がなかったですから。今も私は「アートがわかった!」とは言いません。でも、古い家にまた明かりが灯って、人が訪れるようになり、集落への道路も良くなるなどして、この作品にはそれだけの力があるのだなと感じます。ボランティアだった若者が子連れで遊びに来ると、娘が孫を連れてきた気分です。(村山)

プロフィール

高橋恵美子さん、村山幸子さん、高澤雅子さん

上湯集落「夢の家」管理人

いずれも集落に暮らす方々で、《夢の家》管理人として、訪れたゲストへの鍵の受け渡しや、滞在についての説明などを担っている。


本芸術祭の特徴のひとつ「空家プロジェクト」の原点です。

北川フラム(『美術は大地から』編集長 / 「大地の芸術祭」総合ディレクター)

2000年の第1回大地の芸術祭で生まれた「夢の家」は、後にこの芸術祭の特徴のひとつとなった「空家プロジェクト」の原点です。豊かな里山文化が生きる越後妻有ですが、一方で高齢化や過疎化が進む地域では、空家や、限られた時期にしか使われない家屋が増えています。

マリーナは作品づくりにあたり、自らこうした家屋のひとつを選び、「泊まれる作品」を作り上げました。そうしてこの家屋に新たな息吹が与えられ、集落における新しい交流も生まれていったのです。やがて地元の方々が「管理人」となってくださったのも、大変重要なことでした。

2011年3月12 日に発生した長野県北部地震では、「夢の家」も大きな被害を受けて一時閉館となり、岐路に立たされました。しかし私たちが存続の意志を伝えると、地元の方々は冬の間、傷ついたこの家を豪雪から守り通してくれました。その後、建物をクレーンで持ち上げて基礎をコンクリート造りにするなどの大修復を経て、2012 年に復活し、現在に至ります。

プロフィール

北川フラム(きたがわ ふらむ)

『美術は大地から』編集長 / 「大地の芸術祭」総合ディレクター

1946年、新潟県高田市(現・上越市)生まれのアートディレクター。2000年に始まった「大地の芸術祭」に、その準備段階から現在まで総合ディレクターとして関わり続けている。

作品情報

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」

制作年:2000年

所在地:新潟県十日町市松之山湯本643

体験方法:作品鑑賞(見学)と、予約制の宿泊体験のいずれか。開館期間は毎年異なります。詳細は以下のサイトをご参照ください。

マリーナ・アブラモヴィッチ「夢の家」 Dream House Art Project

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