運営 / 越後妻有の舞台裏から
24 December 2020
皆さんのいちばん好きな越後妻有の味は何ですか? または、いつか行ってみたいと思っている方にとって、越後妻有の郷土料理はどんなイメージでしょうか。アートとともに季節の食文化も楽しめるのが「大地の芸術祭」の魅力ですが、コロナ禍でも、いわば「おうちで越後妻有」を叶えられる試みが、まもなくスタートします。
それが「大地のおかず」シリーズ。四季折々の食材を活かした里山の味を、瓶詰めスタイルで全国各地に送り出す試みです。越後妻有で暮らすお母さんたちが、四季の野菜や山菜などを活かし、味噌、醤油、酢など受け継がれてきた味でつくる里山の「おかず」たち。豪雪地帯ゆえの塩蔵、乾燥、瓶詰めなど保存の知恵も生かし、地域の食卓を彩る優しく豊かな味を、全国へお届けします。「大地の芸術祭」のさまざまな施設運営や企画を行う、NPO法人 越後妻有里山協働機構を中心に始まった挑戦です。
「大地のおかず」完成間際の試作品(左から、ふきのとう味噌、糸瓜たまり漬け、ぜんまい煮、糸瓜酢漬け、ずいき酢漬け)。「大地の米」(写真後方)に続き、越後妻有の味を各地に届ける。 ※販売時のラインナップは変更になる場合があります。
この新しい試みの主役は、まず誰よりも地元のお母さんたちですが、さらに舞台裏でこれを支える人々がいます。なかでも立役者と言えるのが、名シェフの米澤文雄さん(The Burn)と、「ロングライフデザイン」をテーマにするD&DEPARTMENTの相馬夕輝さんです。
東京のサステイナブル・グリル・レストラン「The Burn」のエグゼクティブ・シェフを務める米澤さんは、ニューヨークの三ツ星レストラン「Jean-Georges」本店でスー・シェフを務めた経歴の持ち主。帰国後、「The Burn」をはじめ、肉料理からビーガン料理まで多様な食の楽しさを追求しています。
米澤文雄
米澤:僕が初めて越後妻有を訪ねたのは、たしか2015年の「大地の芸術祭」でした。第一印象は「田舎だな……」。でもそれは良い意味で、でもあるんです。僕自身は生まれも育ちも浅草で、自分と地続きの「田舎(故郷)」は東京しか知りませんが、越後妻有では、田舎の食文化の大切さを改めて実感できたのですね。
越後妻有の「うぶすなの家」が提供する、郷土素材を活かした料理の例(Photo by YANAGI Ayumi)
米澤:よく「日本人は味覚がいい」と言われます。なぜかと考えたとき、地域の特色を活かした田舎の豊かな食文化が、ひとつ大きな存在だったと考えます。最近ではいろいろ変化もありますが、やはりそうした食の豊かさは、これからも自分たちの文化の根底にあってほしいと思った。そうして、自分が関われることとして「大地の芸術祭」の特別ディナー監修など、ご縁が続いています (*1)。今回も、お母さんたちの自慢の味を商品として皆さんにお届けするうえで、監修で参加しています。
*1:関連記事 進化する越後まつだい里山食堂 越後妻有の食の可能性を求めて
一方の相馬さんは、「ロングライフデザイン」(息の長いデザイン)をテーマとするD&DEPARTMENTの活動を通じ、47都道府県それぞれの魅力を多角的に伝える活動を続けています。ミュージアム / ストア/ 食堂を連動させた「d47」(渋谷ヒカリエ内)は、その象徴的な場。同施設内のd47食堂で「越後妻有定食」を提供するなど、これまでも越後妻有を応援してくれています。
相馬夕輝
相馬:大学生のころに越後妻有で第1回「大地の芸術祭」(2000年)を体験して、作品が、自然や地域の文化と一緒にあることにすごく刺激を受けました。それが、今の自分の仕事と通じている部分もあると思います。そして2019年から、越後妻有の棚田保全活動(まつだい棚田バンク)を知ってもらう企画「d7まつだい棚田バンクミュージアム」に関わり始めました(*2)。各集落の文化や営みの一端にもふれてもらう試みです。今回は「大地のおかず」の魅力を皆さんにどう届け、伝えるかという、流通やコミュニケーションの部分で参加しています。
*2:関連記事 相馬夕輝(D&DEPARTMENT)に聞く「おこめ博覧会」の魅力
それでは、名人シェフ米澤さんは「大地のおかず」をいかにディレクションしたのでしょう? 気になるこの質問に対しての答えは、意外なものでした。「正直、僕はもともと居なくてもいい存在、という感じもあるんです」と米澤さん。その真意とは?
米澤:越後妻有の味、とひとことで言っても、当たり前ですが家庭ごとに多彩です。もっともポピュラーな「ふき味噌」(ふきのとう味噌)ひとつとってもそう。「美味しさ」の正解は無限にあって、どれも間違っていないとも言えます。ただ、そこから商品化して一定量を生産・提供するには、ひと品ごとに味わいのバランスを決めていくことが必須になります。
「大地のおかず」開発に関わる地元・越後妻有のお母さんたち(写真:大地の芸術祭提供)
米澤:これを地域のお母さんたちだけで決めるのはきっと大変です。持ち寄ってくれたものすべてが、どれも誰かの自慢の味ですから。ではそこから芸術祭でひとつを選べば皆さん納得するかといえば、これも専門家ではない点でやはり難しい。その点で、自分が食のプロとして「今回はこれでいきましょう」と総合的判断をさせてもらう意味はあると思い、お手伝いしています。
あくまでも地域の味を最優先し、そのうえでプロとして、味と心をまとめあげる。そんな米澤さんの姿を側で見てきた相馬さんはこう語ります。
相馬:ただ、名人シェフなら誰でも良いわけでもなく「米澤さんなら」という信頼が皆さんの中にあるのだと思います。もちろんこれまでの関係性もあるのでしょうが、何よりご本人が本気で楽しんで関わっているから。お母さんたちの料理を味わうときなどがまさにそうですし、僕らにも意見を聞いてくれる。だからこそ彼女たちも嬉しくなるし、信頼を寄せているのでは。やはりそうした信頼関係を育ててこられたのが大きいのでしょう。
「米澤さんの場合、イケメンなのも強みかもしれませんが(笑)」と相馬さんがジョークを飛ばせば、米澤さんは「多くのお母さんたちからすると、僕らは息子のような感じなのかもしれませんね」と応答。立場や世代を超えたプロジェクトチームの、真剣ながら温かいやりとりが垣間見えるようでもあります。
米澤さんと相馬さんを囲む、越後妻有の「大地のおかず」チーム(写真:大地の芸術祭提供)
それではここで特別に、販売直前の「大地のおかず」試作品をお二人に召し上がっていただきながら、その魅力を伝えてもらいましょう。
「大地のおかず」シリーズより、お皿最下部から時計回りに、ふき味噌、糸瓜たまり漬け、ぜんまい煮、糸瓜酢漬け、ずいき酢漬け(試作段階のもの)
トップバッターは、先ほども話題になった、ポピュラー度No.1の「ふき味噌(ふきのとう味噌)」! 優しい味噌の風味に、ふきのとうがほんのり野趣も感じさせる逸品です。これだけでご飯が何杯でも食べられそう。
味に厳しい名人シェフも、思わずこの笑顔!
米澤:僕はこのふき味噌が大好きで、いわば「みんなが好きになる一品」ですね。家庭の味でありながら、地元スーパーでも10数種並んでいる人気者。でも正直、今回のものはその中でも最高の味に仕上がったのではと思います。
相馬:ふき味噌はd47食堂での「越後妻有定食」にも登場したひと品です。たしかに、人気ゆえにそれぞれ個性豊かな品がありますよね。僕も今回の「大地のおかず」版ふき味噌は、王道かつ一番美味しい! とお勧めできます。
続いては、相馬さんも大好きだという「糸瓜」の漬け物。ゆでると実がそうめんのようになるユニークな野菜として、越後妻有を訪れた人ならきっと記憶に残っているはず。今回はその独特のシャキシャキした食感を活かし、味わい深いたまり漬けと、フルーツのような爽やかさの酢漬け、という2種を用意しました。
「糸瓜の酢漬け」に顔がほころぶ相馬さん。なお写真左の黄色い野菜が糸瓜。
相馬:瓶詰めでの保存性も考えて、どちらも割とゴロゴロした切り方になっています。でも口に入れると実がほぐれて、糸瓜ならではの、さっぱりとした食感が楽しめるのが魅力です。ぜひ多くの方々に食べていただきたいですね。
最後に登場したのは地域で長く親しまれてきた山菜「ぜんまい」の煮物です。どちらも濃すぎず丁度良い味付けで、里山の恵みの風味が際立ちます。
米澤:「大地のおかず」全般に言えますが、このぜんまいは特に、お酒のお供にもぴったりですね(笑)。この最終試作品では、ぜんまい煮は味が落ち着いて良くなりました。製品版が楽しみです。
相馬:「大地のおかず」では、旬の料理を供することで、越後妻有の四季を感じてもらえるラインナップも考えています。たとえば、春はふきのとう、夏はきゅうり、秋はクルミ、冬は煮物や塩漬けなど。「大地の芸術祭」の魅力がトリエンナーレだけではないのと同様に、越後妻有には季節ごとの魅力や営みがありますよね。食の試みで言えば、先行する「大地の米」も、棚田の美味しいお米が届くことだけでなく、越後妻有の秋や棚田の営みを伝えてくれる一面があります。「大地のおかず」ではさらに、季節ごとの魅力を届けられるものに広がればと願っています。
後編では、「大地のおかず」のこれからと、それが越後妻有の未来をひらく可能性について、お二人に加えて現地の声も聞きながら探っていく予定です。
取材協力:The Burn(東京・港区)
PROFILE
「The Burn」のエグゼクティブ・シェフ
高校卒業後、恵比寿イタリアンレストランで4年間修業。2002年に単身でNYへ渡り、三ツ星レストラン「Jean-Georges」本店で日本人初のスー・シェフに抜擢。帰国後は日本国内の名店で総料理長を務める。「Jean-Georges」の日本進出を機に、レストランのシェフ・ド・キュイジーヌ(料理長)に就任。2018年夏、The Burn料理長就任。
サスティナブル・グリル The Burn
PROFILE
D&DEPARTMENT 食部門ディレクター
「ロングライフデザイン」をテーマに日本各地を取材し、その土地の食材や食文化を活かしたメニュー開発や、イベント企画などを手がけ、47の「個性」や「その土地らしさ」を見直し、発掘、紹介する「d47食堂」をプロデュース。その中で生まれた47都道府県のネットワークを活かして、生産者のもとで生まれるフードロスを利活用する「ライフストック」メニューの開発、郷土料理の料理教室の開催、生産者を巡るツアーを企画する「dたべる研究所」を立ち上げ、各地の生産者との商品開発を通して、地域課題の解決ができる食の関わり方を模索している。他にも、京都「d京都食堂」、富山「D&DEPARTMENT DINING TOYAMA」を展開。
D&Department Project
< 後編 へ続く >
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